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虎穴で飼われる仔は虎をのぞむ

『虎穴で飼われる仔は虎をのぞむ』サンプル(※本は縦書きのため、一部サンプルと記号等が異なります。) 「境の歳に飼い飼われる仮初」(書下ろし)    六  仕事が終わった車内は話し声で賑やかで、夜の繁華街を走る車に差し込んだネオンの華やかな光とあいまって、まるでディスコやクラブみたいだ。ここに大音量の音楽やカラーボール、誰かの歌声があれば完璧だった。俺は車の後部座席で、窓の外を眺めながら兄貴たちの話に交じっている。  今日の仕事は家賃や廟街が貸している金の回収と、廟街が関わっていない薬物の売人の調査だった。金の回収は滞りなく済んだが、噂や情報が入っていた売人どもはほとんどが使い捨ての下っ端だった。ここではもう売るなと脅しておいたから明日にはもう姿を消すだろうが、どうせすぐに廟街の事情を知らない別のやつの売人がやってくる。こういうのは使い捨てられる売人を探して、脅して、廟街から追い出すのを繰り返すより、上で人を動かしているやつを叩くのがいい。ただし、それをするには信頼できる確かな情報と、相手を捕まられる力が必要ですぐに動くのは難しい。 「おい、十二、浮かない顔をしてるな。どうした」  隣に座っている兄貴が顔を覗き込んでくる。俺がまだ新米だから心配している。 「どうすれば、売人たちをうまく片付けられるかって、考えてた」 「いくら考えても、仕方がない。やめておけ。これから俺たちがどう動くかは、あの連中次第だ。意外と相手が利口で、廟街で薬物を売り捌こうだなんて無謀だと気がついて、明日には手を引くかもしれないだろ」  助手席に座っていた兄貴が、後ろに顔を出してくる。 「そうだ、よく言うだろ、先のことは誰にも分からないって。今は考えるときじゃない。待つときだ」 「じゃあ、待ってるときは、何を考えればいいんだ?」  俺は軽く口を尖らせて言い返す。 「どんな酒を飲もうとか、何を歌おうかとか、行った店に好みの相手がいないか、とかだな」  結局、それだけじゃないかと車内の全員が笑った。ひとしきり笑ったあと、兄貴の一人が笑いが収まった車内で、ああ、と呟く。 「悪い、十二は俺たちと行かないで、帰るんだよな」 「うん。帰って虎哥の護衛をする。気にしないで、俺がまだ酒を飲みたくないだけだから。酒の付き合いとかも、いつかは覚えないといけないって分かってるけど」 「ほどほどの酒は楽しいがな。飲まれると大変だ」 「それが怖いんだ。昔みたいに、依存しそうで」 「お前が小さい頃に薬物依存で苦しんだのを、俺たちはみんな知ってる。責めるわけないだろ。酒に溺れて身を崩すやつも少なくない。もっと大人になって、遠慮なく酒が飲めるようになるのを楽しみに待っててやる」 「まだ俺を子ども扱いするのか? そろそろやめてくれよ」  わざと不貞腐れた声で抗議し、ふんと鼻を鳴らしながら腕を組むと兄貴たちはくすくすと笑う。 「そう言っても、ついこの間、十六になったばかりだろ? 俺たちにしてみれば子どもだ。お前を大人扱いしたら、俺たちがひどい兄貴分だと怒られる。子どもをこき使うあくどいやつだってな」 「そうなのか。俺としては、もう大人のつもりなんだけど」  肩を竦めると、隣にいた兄貴が肩を叩いてきた。 「子どもだからって舐めてるわけじゃない。お前は人と打ち解けるのが早くて、腕も立つ。これから期待してるぜ」 「ああ、期待してくれ! 俺は将来、廟街の頭馬(若旦那)になるつもりだ」  俺が言うやいなや、兄貴たちはたちまち囃し立てるような声を上げた。俺もあえて冗談っぽく言っているから気にしない。少し前からいつかは頭馬になると言い始めたけれど、いつも真剣な調子で言っていないから、兄貴たちはおろか、付き合いの長い虎哥だって俺が本気で言っているとは思っていないだろう。  そんな話をしているうちに、車は廟街のある通りで停まった。 「着いたぞ、虎哥をよろしく頼む」 「ありがとう。任せて」  俺は車から降りて、手を上げて応えた。車は再び繁華街の方へと戻っていく。家に入ると、テレビの音がした。テレビのある部屋に向かうと、虎哥がソファに座って新聞を読んでいた。 「ただいま、虎哥」 「おかえり。十二」  虎哥は新聞を畳んで、顔を上げる。俺は虎哥の隣に座った。 「虎哥、もう夕食は食べた?」 「ああ、秋哥が手を貸した店がうまいと評判だと誘われて、一緒に」 「おいしかった?」 「いつか連れて行ってやろう。それくらい、うまかった。お前も食べてきたか」 「うん。仕事が終わったときに食べてきた」  虎哥が煙草を取り出す。俺はライターを上着の懐から取り出し、火をつけた。 「十二、煙草を吸わないのにライターを持ち歩くな。いらないだろう」 「でも、あると便利だ。兄貴たちとか、九龍城砦の兄貴たちに火を貸すと、喜んでもらえる。仲良くなるきっかけにもなって、あれだ、処世術ってやつだ」 「どうせ俺のために持ち歩いて、ついでにやっているだけのくせに」  ふうと大きく煙を吐いた虎哥に、何も言えなかった。実際にそうだった。虎哥は、俺がこういうことをするのが好きではないらしい。虎哥だけのために、命じられてもいないのに自分が使わないものをいつも持ち歩かれたり、気を遣って動かれたりされると、他人を都合よく扱っているみたいでいい気分はしないと前に言っていた。俺は自分が困るわけでもないし、好きでやっているから、構わず続けているけれど。 「仕事の方は問題なかったようだな」 「売人以外は、問題なかった。兄貴が帰ってきたらもっと詳しく伝えてくれる」 「分かった。売人については、別の手下も調べている。すぐ片付けられなくても気にするな。今は待つときだ」  虎哥の手が俺の髪を後ろに払い、頭を撫でた。宥められている。分かってる、と頷いた。やはり、虎哥も兄貴たちも、俺が薬物を嫌っているからこの件を気にしていると、分かっていたようだ。闇雲に動くな、焦って無理をするな、そう暗に言われている。目を伏せ、視線を落とす。素直に理解しろ。納得がいっていない自分に言い聞かせる。力だけでは、考えなしに動くだけでは、うまくいかない。むしろ、へたに動けば廟街の弱みになる。俺だってもう子どもではない。廟街の名前を背負う、虎哥の手下だ。深く息を吸って、吐く。分かっている、視線を上げて真っ直ぐ虎哥を見た。  虎哥が俺の髪を指に絡めるように撫でて、顔を寄せてくる。 「ところで、今晩は他の手下は全員出払っている。俺たち以外、誰もいない」  耳元の囁き声に、唇が薄く開く。息をとめた。ざらざらとした、落ち着いた声をよく聞きたかった。  頬を擦りつけて甘えたくなる声。  確かに、難しいことを考えるのは今晩じゃない。  どくどくと心臓が高鳴っていく。あっという間に、首や頬、耳まで熱くなる。何も言えずに、繰り返し首を縦に振った。こういう二人きりのときは、つまり、してもいい(﹅﹅﹅﹅﹅)という日だ。 「先に風呂に入って準備をしてくる。待つのは虎哥の部屋でいい?」 「ああ。無理はしていないか」  虎哥の顔に、頬をするりと擦り寄せる。 「俺が嫌って言わないか、心配してる?」  耳元で、できるだけ甘えた声で尋ねる。色っぽいとか、艶やかだと思ってもらえたら嬉しいけれど、虎哥はふっと煙草の煙を吐いただけだった。 「心配しないで。言わない、そんなこと」  そう言って、俺は体を後ろに引いた。しつこく甘えれば、煙たがられる。それだけは避けたい。引き際は弁えているつもりだ。 「十二、いいか、俺はお前を痛めつけたり、自分の好きに扱ったりしたいわけじゃない。そのために、お前の意思を捨てるな」  早く行けと、腰に手が添えられる。別に自分の意思や考えを、捨ててはいない。嫌なんて言う気は本当にない。これからも言わないだろう。でも、虎哥の配慮をありがたく受け取って素直に頷く。添えられた手と腕を撫でてから、立ち上がる。もう少し触れていたかったけれど、準備には時間がかかる。時間を無駄にしていられない。でも、今我慢すれば、そのあとはもっと近い距離で触れ合っていられる。  文句や不満はどこにもない。軽い足取りで浴室へと向かった。シャワーで全身を洗い流して、中を洗う。体内を探る気分はいいものじゃない。何度やってみても慣れない。それでも、虎哥の指がここに入るのを想像すると、腹の奥が熱くなって疼く。入れるのはまだ早いと、指で慣らすことしかしてもらっていないけれど、体と欲望はもう虎哥を求めていて耐えきれそうにない。今日は入れてほしいとねだってみようか、と考えてみて、頭を振って諦めた。もしも俺が痛がる素振りを見せたら、虎哥を傷つけるし、ずっと俺に気遣ってくれた虎哥の優しさを無下にしてしまう。  服を着てドライヤーで髪を乾かしていると、虎哥が浴室に入ってきた。項を指で撫でられてくすぐったい。鏡では、虎哥が寂しそうに口元を持ち上げていた。急いでドライヤーを切って振り向く。既に虎哥はいつもと同じ冷静な表情で、邪魔をしたかと呟く。 「まだ少し髪が濡れているが、乾かさなくていいのか」 「ほとんど乾いた。大丈夫。どうしたの?」 「いや、大きくなったと、改めて思った」 「そうだよ、大きくなったんだよ、俺。引き取られたときは、虎哥の胸元くらいの背丈しかなかったのに。今は背伸びしなくても、虎哥の顔がよく見える」  もう子どもじゃない。そう言いたかった。でも、周りの大人たちはまだまだ子どもだと言う。俺と虎哥の関係は親子で、それくらい年が離れていると実感すると、溜め息をつきたくなる。年齢差がなければ、お互いに悩まなかったかもしれない。  顔を上げると、虎哥と目が合う。一三の頃は、背伸びして見上げても、虎哥が屈むか、俺を見てくれなければ、顔があまり見えなかった。もう少し背が伸びれば、虎哥と目線が並ぶだろう。 「本当に大きくなった。体を冷やさないようにして待っていろ」  すっと目を細めて、虎哥は俺の頭を軽く撫でた。虎哥は何か言いたいことを押し隠していないか。わずかに開いたままの口元に思ったけれど、考え過ぎだ。気がつかない振りをして頷いた。 「分かってる、準備して待ってる」  明るく見える笑みを浮かべて答えた。ドライヤーを片付け、バスタオルを持って浴室を出ていく。虎哥を気にしないようにするのは大変だった。視界の端に映ろうものなら、ついその姿を追いかけてしまうせいだ。廊下で小さな溜め息をついて、浮かべた笑みに混じっていた心配や不安を置き去りにしていく。虎哥の部屋に入るとき、あるのはいい機嫌だけ。悪いことや悩みを今考える必要はない。  いいことと、楽しいことだけを考えればいい。  部屋の明かりをつける。ここには、嗅ぎ取れるのは煙草や整髪料、香水、石鹸の匂いがあるだけなのに、虎哥の匂いや気配が染みついているのか、よくかけている音楽やラジオ、虎哥が本や書類を捲る音まで聞こえてきそうだ。ベッドにバスタオルを敷いた。しゃがんでベッドの下にある箱から潤滑剤を取り出す。ベッドに横になって、シーツの匂いを嗅ぐ。ここに初めてきた日、虎哥と一緒に眠ったときと同じ匂いがする。ベッドのすぐ隣にある棚の上には、何冊か本が置かれている。前に見たときと比べて、二冊ほど本が変わっている。廟街にたくさんいる手下の中でも、虎哥がこの部屋ではよく本を読んでいて、どんな本を読んでいるのかまで知っているのは俺くらいだろうと、鼻歌を歌いたくなった。  上機嫌のまま体を起こして、ベッドに座る。履いていた部屋着と下着を脱いで、床に放った。あとで片付けろと言われるのは分かっているけど、そんな余裕はない。頬が熱くて、鼓動がどくどくとさらに高鳴るのがはっきり感じられる。脚を広げて、潤滑剤を手に出す。指に十分潤滑剤をまとわりつかせてから、足の奥に指を伸ばす。  ふうと大きく息を吐く。さっき洗ったところに触れる。潤滑剤が冷たくて肩が揺れる。少しずつ指を入れて、広げていく。  目を閉じて、虎哥が指でしてくれたことを思い出しながら奥を探っていく。異物感が強いけれど、それにさえ快感を期待して一層興奮してしまう。 「う……く……」  一本指が入りきった。指を曲げて奥まで押し広げる。鈍い痛みはある。でも、興奮が静まるほどではなく、むしろ腹の奥が熱くなってもどかしい欲が募っていく。既に自分のものは硬く持ち上がっている。もう一本指を添えて中に入れる。 「ぐっ、……ぅ……」  喉から変な声が出る。息を飲んで声を押さえた。こんな声を虎哥に聞かれて嫌われたくない。痛みと不快感が増しても、指をとめられなかった。しばらく中を解して指を抜いた。そろそろ虎哥が来る頃だ。近くにあった毛布を腰にかけて耳を澄ませていると、扉が開閉する音と、廊下を歩く音が聞こえた。楽しみで、シーツをつま先で何度かつついた。扉がノックされる。 「十二、入っていいか」 「もちろん。早く来て」  扉が開いて静かに虎哥が入ってくる。シャワーを浴びたあとなのに、これから外に出ても問題ないくらいの服装だ。  スラックス、動きやすそうなトップス、ジャケット。これから仕事か用事があったかと、急いで頭を巡らせる。前もこんな服装でしてくれたけど、仕事の邪魔になっていたら嫌だからだ。 「これから、何か用がある? 終わったら出かける?」 「いや、用はない。忙しいときに、お前の相手はしない。中途半端に付き合いたくない。誠実ではないやり方が、俺は嫌いだ」  たとえ中途半端だとしても、短い時間でも構ってくれたら嬉しい。でも、そういうのは虎哥からすれば、誠実ではないのだ。それに、俺としても時間を気にせずに向き合ってくれるのは特別に思えて好きだ。 「じゃあ、何で虎哥はいつもと同じ恰好なんだ。俺なんて、寝間着のタンクトップなのに。もっと楽な格好でいいはずだ」 「俺はこれくらいがいい。楽な格好でいると、お前を情人のように扱っている気がして、妙な感覚だ。結局は、言い訳だな」  虎哥はベッドの端に腰かけて、俺の肩に手を置く。大きくて温かい手は、出会った頃から同じだ。 「まだ俺と付き合ってないから、そういう言い訳をしてる?」 「まだ、ですらない。俺はお前と付き合うつもりはない。ただ、初めての相手になるだけだ。なら、楽な格好はいらない」  あわよくば、付き合ってもらう口実ができたのに。ちえっとわざと口を尖らせてぼやき、肩を竦めた。不貞腐れるなと、虎哥が肩を撫でて宥めてくる。 「今晩もするか? それとも、やめたくなったか?」 「してほしい。やめたいとは思ってない」  虎哥は頷いた。そして、ベッドに上がって俺の正面に向き合う形で膝をつく。 「待ってる間に、自分で慣らしたんだ。早くやってほしい」 「だめだ。何度言ったら分かる」  俺は口を曲げて不満を装いつつ潤滑剤を渡す。いつもこう言ってすぐにはしてくれない。腰にかけていたタオルを取って、脇に放った。もう自分のものはとっくに硬くなっていて、恥ずかしい。ベッドに体を倒して脚を開く。少し待っていると、腰に手が添えられて、脚の間に濡れた指が触れた。呼吸が早くなってくる。さっきまで自分の指が入っていた場所に、虎哥の指が添えられる。  俺は自然と腰を上げて、入れてほしいとねだっていた。少しずつ指が入ってきて、ゆっくりと中を広げるように曲げられる。 「ん、んっ……、もっと、虎哥……」 「だめだ。まだ痛みを感じるかもしれない」  それでもいいと言おうとした唇を噛む。素直に頷き、中を探る指先を感じて、体に覚え込ませて忘れないように集中する。湿った音が響いて指は奥へと進んでいく。締めないようにしているのに、体が言うことを聞かなくて、虎哥の指に食いつくように締めてしまう。  体内にある異物感を確かにすればするほど、早く抱いてほしい、気持ちよくなりたいと頭がくらくらする。 「あ、ぁ……」  腹の筋肉がぴくりと震えた。虎哥の指を飲み込んでいる隙間に、もう一本指が添えられた感覚があった。粘ついた水音が響き、ぐいと肉を開かれる感覚。 「あっ、んん……っ、虎哥、奥、そこ、奥がいい」  傷つけないように、少しずつ指が入ってきて奥をつく。腰が跳ねて、ひくひくと動いた中が虎哥の指に絡みつく。耳の奥でどくどくと鼓動が聞こえ、自身の昂りから溢れた先走りが伝い落ちて、下腹部に落ちてくる。 「痛くないか? 気分は悪くないか」 「痛くない。気持ちいい、お願い、もっと」  虎哥が屈み込んできて、少し視界が暗くなった。涙でぼやけた視界で、虎哥の顔を必死に見上げる。今日も義眼がはまった右目が、俺が子どもの頃から追ってくれた左目が俺を見つめていて、体が熱くなった。 「ん……あ゛っ、ぅ……う、んっ……!」  さらに指が入れられた。初めてだ。俺が気がついていないだけで、実は抱かれているのかもしれない。そんなことを思って腹の奥が熱く疼いた。強い圧迫感と異物感に、呼吸が浅くなる。いつの間にか腰が揺れて必死に指を飲み込もうとする。 「あ、あっ! 虎哥……! 気持ちいいっ……」  腰ががくんと上がって目の前がちかちかした。  眩しい。喉が熱い。必死に息を吸う。 「まだしたいか?」  嗄れた声は優しい。何度も頷く。自分の喉は喘いで空気を吸うだけでやっとだ。声なんて出せなかった。涙が滲んだ目で虎哥を見上げる。ぼやけているけれど、頷き返すのが見えた。中に埋まった指が奥の方を掻き分けて、ぐいと肉壁を押し込む。 「んっ……ぁ、あ! そこ、熱い、ひっ……!」  腰が上下に何度も揺れて腹筋が細かく震える。シーツを握りしめて、首を振る。腹の奥が熱くて堪らない。沸き上がるように熱く、どんどん体に広がっていく。 「ここがよく感じるんだろう」 「ぁっ、ん!……虎哥、好き、もっとして……」  言った途端、指が前後に軽く抜き差しされて、奥を突くように動き始める。端ない水音が響き、奥に指先が擦りつけられて、感じるところに押し込まれるたびに腰が大きく揺れる。鼓動が大きくなり、今にも弾けそうな熱が重く腰に溜まっていく。 「ぅぁ゛、ああっ! それ、気持ちよすぎる……っんん! 虎哥っ……!」  奥を突かれて、腹側の壁をとんとんと押し込まれた。波が押し寄せるような快感が体を包んだ瞬間、体が痺れて、頭が真っ白になった。  自分の荒い呼吸と高鳴る鼓動が聞こえた。  目を開ける。心配そうに顔を覗き込んでいる虎哥が見えた。  顔を上げて下腹部を見下ろすと、腹に精液が飛び散っていた。昂りはまだ硬く持ち上がっていて、先からは精液が滲み、白く濁った体液が伝い落ちている。恥ずかしくなって頭をベッドに投げ出して、横を見た。  突然、ずると指が抜けていく感覚がした。 「うぁ、ぁ……! まって、いまは……ん、っく……!」  それだけで、快感が走って背中がぞくりとした。背中がしなり、腰が勝手に持ち上がる。まって、だめ、と繰り返して頭を振る。たどたどしい口元で何度か懇願したときには、既にずるりと大きな水音を立てて指が抜かれていた。強烈な快楽の名残と、ぽかりと空いた感覚を埋めるように、さっきまで指を飲み込んでいた縁がひくひくと蠢く。 「虎哥……」 「すまない、大丈夫だったか」 「大丈夫。気持ちいいのが治まらなくて、驚いただけ」  でも、いつもなら達したと分かったら俺が落ち着くまで、指を抜かないで待っていてくれる。やっぱり俺とこういうのをする時間を減らした方がいい、と思われているのかもしれない。俺は虎哥に抱いてほしいけれど、虎哥からすれば俺は単なる子どもで、そういう目で見ていなかったはずだ。それなのに俺が頼み込んだせいで、子どもに手を出していると思わせている。初めから俺を抱くのに気乗りしていないのは理解している。それか、さっき気をやったときの俺の姿を見て幻滅させたか。 「虎哥、もう片付ける、大丈夫……」  脇に置いてあったタオルを取って、鈍い疲れと快感の名残が冷めきっていない体を起こす。そのとき、虎哥のスラックスが目につく。股間のあたりの布が窮屈そうに膨らんでいる。こんなことは初めてだ。今まで虎哥は俺の相手をするだけで、性欲を持つような表情はおろか、素振りさえ見せなかった。だから、今日までずっと、虎哥は俺のわがままに無理に付き合わせているんだろうと思い込んでいた。思わずにやついてしまう。これを隠すために焦って指を抜いたんだ。急いで虎哥に顔を近づける。 「虎哥、俺で抜いて。何でもする、何がいい? 手? 口?」 「何を言っている。さっさと風呂に行って、体を流してこい」 「どうして? 虎哥にも気持ちよくなってほしい、俺だけは嫌だ。もし俺のせいで虎哥がその気になったなら、一緒にやるのが責任を取るってことだ」  虎哥は目を細めて、俺を睨む。けれども、わずかに頬や目元が色づいていてとても色っぽい。全然威圧的ではない、むしろ魅惑的な表情だ。こんな顔で睨まれた手下は俺以外にいてほしくない、そう思うくらいにかっこいい。 「子ども相手に欲情する親がいていいわけがない」 「俺を子ども扱いしないでくれって。それに、嬉しかった。虎哥、……父さんに、嫌なことをさせてないか心配だったから」  小さく溜め息をつく虎哥の頬にそっと唇で触れて、頬を擦り寄せる。わずかに触れる髭がくすぐったい。唇にキスをしようとすると、そういうのは恋人相手にしろと突き放されるけど、これならいい。しかし、途中で大きな手が顔を覆って押し返してくる。渋々、体を後ろに倒して離れた。 「やめろ、そういうことをするな。俺はお前の父親だ。初めての相手にはなるが、それ以外の余計なことはしない」 「でも、俺は父さんが好きなんだ。お願い、虎哥が我慢するのは見たくない」  両腕を虎哥の首に回して、耳元でお願いだから抜いてほしい、と何度も囁く。 「……すまない、十二」  下からかちゃかちゃとベルトを外す音が聞こえた。息を飲む。首や頬、耳まで熱くなる。虎哥が俺で感じている。それだけで無性に興奮してしまう。腰を支えられて、ベッドに押し倒された。腿に熱く硬いものが触れた。 「虎哥、好きにして」  見つめて、わざと腰を小刻みに振る。端ないと嗜めるように短い溜め息と一緒に、頭を撫でられる。申し訳なさそうに伏せられている目元が赤くなっている。とても魅力的で、唇で触れたくなる色だ。  きっと、熱くて、柔らかい。甘くて、煙草の匂いがするはずだ。  俺のものに虎哥の昂りが擦りつけられる。堪らず腰が跳ねて、ぎこちなく揺れ始めた。先走りがぽたぽたと腹の上に落ちてくる。 「ぁっ、んん、……っ」  大きな手で俺と虎哥の昂りが握られて、強く擦り合わせられる。お互いの先走りを虎哥の手と指が器用に取り、ざらざらした手が慣れた手つきで扱いてくる。虎哥が俺で感じてくれている、まるで抱かれているみたいだ。  熱くて、とにかく気持ちいい。腹の奥が疼く。このくすぐったい熱をどうにかしたい、何度も腰を振った。虎哥の首に回している腕に力を込めて、しがみつく。 「いいっ、好き……虎哥、離さないで」 「嫌になったらすぐ言え」 「やだっ、そんなこと言わない……んっく……好き、好き……ああっ!」  さらに強く握り込まれて、擦り合わされるペースが早くなった。過剰な快楽に腰が大きく揺れて、つま先に力が入って丸まった。ぐちゅぐちゅと響く水音と、虎哥の乱れた呼吸が聞こえて、全身が熱い。 「くっ、んぅっ……! ぁ、あ……虎哥、もう、ひっ、ううっ――!」  虎哥にしがみついて肩に顔を埋める。目を閉じた。それなのに目の前が白い光でちかちかして、眩しかった。脚が震えて、腰がしなる。腹の奥に溜まっていた熱いものが弾けるように広がり、どくどくと胸が鳴った。周りの煙草と石鹸の匂いが、どんな香水よりも落ち着く。  気持ちいい。射精する感覚に息が詰まる。熱いものが腹に勢いよく迸る。  こんなに気持ちいいと逆に苦しいのか。なかなか治まらない快感の波に押され、意識が遠のきそうだ。  虎哥が手で抜いてくれて精通したときくらい、忘れられそうにない感覚だった。揺れていた腰がベッドに落ちる。目を閉じてぐったりとしていると、虎哥が屈み込んでくる。 「悪いが、もう少し付き合ってくれ」 「ん……、うん」  髪をかき上げられて、頭を撫でられる。その手に頭を寄せながら小さく頷く。声は聞こえていた。でも、その意味は理解できていなかった。  また虎哥が腰を動かして、昂り同士を擦り合わせ始めたとき、既に達していた自分のものは快感が薄れて、行き過ぎた刺激が襲いかかってきた。 「く、ぅっ……ぁう、ぁっ……! ひ、ぃっ……」  変に高い声が出る。腰や脚が細かく震える。呼吸がうまくできない。仰け反って必死に呼吸をする。苦しいのに、気持ちいい。虎哥の昂りは硬く、熱い。一緒に気持ちよくなりたい。気がつくと、拙く腰を上げて虎哥を求めていた。 「すまない、十二」  聞き慣れた声が聞こえる。首を振った。 「いい、あやまらないで……父さんっ、とうさん……!」  掠れた声で言う。ほとんど同時に、腹の上に熱いものが飛び散った。快感と疲労で力が入らなくなって、虎哥の首に回していた腕が落ちる。虎哥が頭を支えてベッドに横たえてくれた。 「気持ちよかった? もういい?」  ちらりと視線を落として腹を見る。白濁した精液と先走りらしい液体が広がっていた。俺は満足して笑う。汗で濡れて額や顔にはりついていた髪を、虎哥が指で払ってくれる。 「十分だ。付き合わせて悪かった」 「じゃあ、次は入れてほしい。やっても大丈夫。痛くないし、気持ちよくなれる」 「本当に、俺が相手でいいのか」 「虎哥じゃないとやだ。お願い、早くしたい」  甘えて上擦った声が出た。子どもに戻ったみたいだと照れくさくて笑っていると、虎哥が屈んで顔を近づけてくる。どうしたんだろうと見上げていると、唇が額に触れた。すぐに唇は離れる。大きな手で頬を撫でられた。 「分かった。数日後の夜が空いている。その日に」 「ありがとう、虎哥」  俺は頬を撫でている手に擦り寄り、顔を傾けて手のひらに口づけた。  それから、風呂に行って二人で体を洗い流して、虎哥の部屋に戻った。夜も遅いからとさっさと寝支度をして、一緒にベッドに潜り込んだ。こういうことをしたあとは、いつも虎哥と一緒に寝てほしいと頼んでいる。一四のときに精通したときも一緒に寝てもらって、朝に起きたとき隣にいたことに安心したし、とても嬉しかった。あの日を今でも忘れられないせいだ。背中を丸めて虎哥の胸元に寄り添い、腕を背中に回して抱きつく。 「お前は、いつも俺の部屋でしたがるが、何か理由があるのか? 自分の部屋が気に入らないか」 「そうじゃない。あの部屋はここに来たときから、気に入ってる。でも、虎哥の部屋の方がもっと好きってだけ」 「どこがいい。お前が見ても楽しいものなんてない」  暗闇で聞く虎哥の声は、嗄れた音が耳を撫でるようで心地いい。 「俺が好きなものばかりなのに。匂いがする。煙草とか、線香とか、香水とか。虎哥が使っているんだって感じられる」 「変わっているな」 「そう? 俺からすれば、虎哥に惹かれない方が変わってるけど」 「冗談を言うな。早く寝ろ」 「そんなこと言ったつもりないのに」  ふんと鼻を鳴らしながらもくつくつと笑う虎哥に、わざと不機嫌そうな声で言い返して目を閉じた。抱きついている体は温かくて、寝間着越しに鍛えられた身体を感じる。過去に俺が危ない目に遭ったとき、助けてくれた姿を思い出す。惚れ惚れするほどかっこいい姿は、目を閉じていても触れている感覚だけで簡単に想像できた。  虎哥が背中を撫でてくれる。好きだ、ずっとここにいたい。俺が虎哥を親、大佬として慕うだけでなく、恋や愛の意味で肉体関係を求めても、傍にいさせてほしい。  わがままだ。そして、罪深い。  出会ったときから、虎哥は俺を子どもとして世話をしてくれた。抱いてほしいと懇願するまで、そういう目で俺を見たことなんてなかったに違いない。俺を手下や後継者にしようとだって考えていなかったのだから、当たり前だ。  その思いを裏切っている。分かっている。  でも、こうして傍にいると、もっと触わってほしくて、一緒にいたくなる。すべてが欲しくなってしまう。すべて欲しいなんて、叶うはずも、叶えていいものでもないのに。  明日、目が覚めたら虎哥は俺を起こしてくれるだろうか。  一四のあの日のように。  きっと大丈夫だ。  眠気でぼやけ始めた頭に残ったのは、安堵だった。俺は虎哥の温かさと眠気に身を委ね、眠りについた。






公開:2026年10月4日

更新:2026年10月4日

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